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インタビュー

第1回「阪井恵先生」

阪井恵先生は本法人の理事を務めていらっしゃいますが、現在、明星大学教育学部の教授としてご活躍されています。東京芸術大学卒業、同大学院音楽研究科修士課程、博士課程修了の学術博士です。長年、「音を聴く」や「音色」について深く研究なさってきた阪井先生に、本法人に関する事をお聞きしました。

なぜ、「音を聴く」ということに着目したのですか?

 子どものころから音に関心があり、様々の音色を聴くのが好きでした。なぜ着目したかという質問にはうまく答えられないのですが、音を好む習慣が、自分の生育環境の中で培われたと思います。文学においても様々の作家が垣間見せている音への感性やその表現に、尽きない興味を覚えます。音への関心が、音楽にアプローチする間口になっていることは、言うまでもありません。

 音楽教育に携わるようなってからも、「音楽との出会いは、まず音――音色とか音の質感――が窓口になる」と無意識のうちに思っていて、それに基づく実践をしてきました。「リズムやビートこそが音楽の窓口」というタイプの実践をなさる方もありますので、どちらがよいということではありませんし、音楽的には両者は切り離しがたいですが、自分はそういうタイプなのだなと自覚しています。

音を聴くことにより、どんなことが期待されますか?

 音を聴くということは、音を発する身体活動と異なり、身体的にはむしろ静止する行為です。教育的なことに限定して言えば、この静止的な状態で、聞こえる音に基づいた想像力を育むよう仕向けることは、他の動物にはない文化的な営みとして価値があると思います。

 そのような方向付けの先に、「どこかで春がうまれてる どこかで芽の出る音がする」という古い歌の歌詞に表れているような感性が生まれます。人間は、音として聞き取ることができないものも、脳内で画像や色や動きと結び付けて想像することができるわけです。人による程度の差はあると思いますが、このような行為の基礎は、やはり文化的学習だと考えます。

 聴覚は、動物の生存のために欠かせない精緻に進化した能力ですが、その聴覚を生存のためを越えて使えるということ自体が、すごい資質です。個別の人間をみているとよく分からないかもしれませんが、人間全体としては、この資質が、音楽は勿論、さまざまの文化を発展させてきたのです。音を聴くことの学習は、人を育てる大切な要素だと考えます。

音を聴くことと心の成長とは関係がありますか?

 わかりません。心の成長にも色々な側面があると思うので一概にはお答えしにくいです。
「音の楽しみ方」は、他のあらゆる生活習慣などと同じで、文化的に学習できるものです。家庭や学校でどのような経験をするか、周りの人がどのように行動しどのような発言をするか――そういうことを通じて学習すると思います。

 そのような過程で身についた、音を受容する態度や、面白い音を探求しようというマインドが、ある人の場合は物事への取り組み方や考え方と関連して現れ、成長の糧になると思います。でも、全ての人にとってそうであるとは言えないのではないでしょうか。
ただ前項でお答えしているように、人間全体としてみると、文化的発展という「大きな心の成長」につながっていることは確かだと考えます。

これまでの研究で「音を聴く(楽しむ)」ことについて、どのようなことがわかりましたか?

 音は本質的にコミュニケーションに関係しています。たとえば「あのね」という一言には、無数の言い方が考えられますが、それを言っている相手が見えず、声(音)だけをきいたとしても、相当の情報が得られます。分析すれば、倍音成分の組み合わせなどを見ることができますが、聴覚と脳のネットワークの精緻さは、コンピュータ―をはるかに凌ぎます。

 また、音は媒質(空気)の波動なので、音を聴くことは音を発している人やモノに、距離はおいているものの接触していることなのだとも言えます。大げさなようですが、それに違いないのです。お母さんが赤ちゃんに声をかけることと触れること、これは別のことではなくてつながっていることです。

 このような「音」についてのとても基本的な考察をしてみるという学習が、学校教育では欠けている、ということが分かりました。人(児童)を対象とする研究は難しくて、科学的な数値によるデータを示して明らかにできた、と言えることは残念ながら、まだありません。

今後、音を聴くことについて、どのようなことを追究していきたいですか?

 音を聴くことに、音楽科の学習の重点をもっともっとおくようにしたいです。学校の音楽授業は、「表現」と「鑑賞」という2つの領域のもとで、歌唱・器楽・創作(音楽づくり)・鑑賞の4つの活動分野を行うことになっています。これは70年の積み上げのある考え方なので、変えるのは簡単ではないのですが、このすべての活動の基礎には「音をよく聴く」ことがなければなりません。ところがそれは自明すぎると思われていて、ほとんど話題に上らなくなっているのが現状です。

 5年前から、学校の音楽授業でこれまでほとんど放置されてきた問題――いろいろな理由で音楽の授業に参加したり楽しんだりすることができていない人がいるという問題――に取り組んでいます。2年間くらいは、個別の「困りごと」対策を考えていたのですが、その後は組織的な対策を講じない限り改善できないと悟って、「音楽授業のユニバーサルデザイン」という言葉に括られることに取り組んでいます。

 「音をよく聴く」という学習は、アプローチとしては易しいことです。他の学習では困難があっても、音への素晴らしい感性をもっている人は多いのに、今の状況では認められる場がほとんどありません。学習内容として「音を聴く」ことをもっとクローズアップすることと、「授業のユニバーサルデザイン化」をリンクさせて提案をしていきたいと思っています。

ヨイサの会を知ったきっかけは?

 1998年でしたか、日本学校音楽教育実践学会という学会の大会で、斉藤明子先生(副理事長)の武蔵野第四小学校での実践を知ったことです。とても感動したので、思わずお手紙を書きました。その時点では、お返事をいただくようなつもりはなかったのですが、すぐに折り返しご連絡をいただけてビックリでした。そこからヨイサの会に繋がりました。ヨイサの会の先生方(ヨ:横川理事、イ:池田理事長、サ:斉藤副理事長 当時はこの3人で構成)が、驚くばかりにオープンに、私に色々教えてくださったのです。特に、斉藤先生の授業からは、一言二言では言い表せないほど学ばせていただきました。

博士論文にヨイサの会のことを書こうと思ったのは何故ですか?

 ちょうど、学習指導要領の改訂時期(2008年)に差しかかるころでしたが、この改訂は、音楽の構造(仕組み)を教え学ぶ、ということが強調される方向でした。私はこの方向を評価しないわけではありません。しかし、構造(「仕組み」)というものを捉える視点が狭いように思い、引っかかりました。ものすごく単純化して言うと、音楽を図面化して捉えることが音楽の理解であるかのように、展開しかねないと思ったのです。

 ヨイサの会は、音楽をつくる活動は、そういう図面を引くことなのではなく、むしろ音を聴くことの学習なのだと考えていたと思います。結果的に出来上がったものが図面に起こせないようなものでも、音を聴き合い、組み合わせを試しながら子供同士が意見を出すこと自体に価値がある、という考えに基づいていました。これは、記録しておくべき実践だと考えたのです。

 この改訂で示されたような「音楽の仕組み」が分かると、音楽の楽しみ方が広がる場合もあると思います。音楽を創る上でも、先人の使っている「仕組み」を学ぶことは欠かせません。ただそれは、後付けでも学べます。ヨイサの会の実践は、後付けで学べないものを見据えていたので、大変魅力的でした。ヨイサの先生方は、「音を聴く」実践には音楽教育としての意義はさておき、人間形成としての意義があり、それを意図していると考えておられたかもしれません。でも私は音楽教育の基礎としての意義を、僭越ながら大変高く評価しているのです。

 音楽の固有性は結局は音のチカラであって、音の響きこそが私たちの無意識の部分(要素がどうの、仕組みがどうの、と言語化できない部分)にまでも働きかけてきます。「音へのアンテナ感度を高めること」。多様な音楽を受容して楽しむマインドのために、これ以上に大切な基礎・基本があるでしょうか。

本NPO法人にどんなことを期待していますか?

 このNPO法人の活動は、広い意味での教育・啓発活動だと思っています。才能と経験とユーモアにあふれたスタッフが提供する、「しあわせな時間」は宝物だと思います。そしてその「幸せな時間」はもって帰って、また家庭や自分の周りで実践可能でしょう。それが素晴らしいと思います。NPOの存在が広く知られ、活動に参加する人が増えていくことを期待します。

阪井先生、お忙しい中、詳しくお話しいただきましてありがとうございます。音を聴き楽しむことは誰にでも出来る簡単なことですが、そこには大変深い意味と人間形成にとって大切な内容を含んでいるのですね。今後も研究を続けていただき、これまで以上の成果を上げていっていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

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